図書館で資格の勉強をしていて、ふと中学時代の学習塾での一シーンが頭に蘇った。
岐阜はうどん、と信じて疑わなかった話
地理の授業だったか、日本各地の名産品を覚える内容で。
なぜかどこかで岐阜=うどん、という間違った紐づけが私の頭でされていた。
それは香川だし讃岐だし、全然違う。
先生に当てられて、自信満々に「うどん!」と答えた。
違うよ、と指摘された。
そして別な日、また同じ問題を当てられた。
「うどん!」
前回も違うって言ったでしょ?と苦笑いしながら指摘する先生。
同じ塾だった友人にも、なんで頑なにうどんって答えるの?
違うって言われたじゃん!と意味がわからないと言われた。
自分でも意味がわからない。
自分の中で「正しいこと」としてインプットされたものが、
違うと指摘されても、違うと自覚してもなお、最初の答えが正しいことになってしまう。
頑固というかただのあほだった。今思い出しても意味がわからない。
頑固、という自覚がなかった
社会人になるまで、他人から「頑固」という言葉をもらったことがなかった。
素直な子、で通ってきたはずだったので自覚もなかった。
以前見てもらった算命学の先生には、「とにかく頑固!頑固の星をたくさん持ってる!」と言われた。
言われてみれば、そうかもしれない。と思うこともある。
職場のボスにも言われる
今の勤め先のボスにも、さんざん「お前は頑固だからな」と言われる。
どのあたりが?具体的に言ってほしい。
でもその人から見るとものすごく頑固な人間らしい。
ニコニコしながらボスの言うことに「はい、そうですね!」とは言っていない。
それは自覚がある。だって言っていることに賛同できないから。
そういう考えもあるんですね。私とは違いますわ。と思いながら聞いている。
すぐにハイ!と言わないところが、企業においては曲者扱いされるポイントかもしれない。
そんなひねくれものだったのか私は、と思いつつ。
今となっては、頑固な曲者です!と自覚があるのでそれでいいと思っている。
別に波風を立てたいわけではないし、むしろ事なかれ主義で面倒ごとはとにかく避けたい性分。
必要な協調性は備わっている、と思っている、自分では。
頑固はなおるのか
どうしたらなおるんだろう、頑固。
人付き合いにおいてはマイナスなことが多い気がする。
でもモノ作りをしていると、「こだわり」にも置き換わる気がしていて。
頑固とこだわりは、表裏一体なのかもしれないと思いつつ、なおす気もないのかも。
